森さんから一言
ここのオーナーの人柄というか性格というか、傾向性というものを紹介するとしたら、
「あの話ししかない」というものを僕は持っています。
そう、あれは今から13年前のことでした。
皆さんも経験したことだとは思いますが、「あそこのラーメン屋けっこういけますよ」とか、
「あの店、美味いけど塩気がありすぎ」とか、「味噌はいけるけど、醤油がね」とか、
行列が出来るほど流行っているラーメン屋さんの評価も千差万別ですよね。
これは、客の好みも千差万別であることを意味するわけで、したがって僕は一応、人様の評価は評価で
聞きますが、興味があれば自分でその店のラーメンを食し、自分の好みに合えば「自分に合う味」
という評価を下し、けっして人様に押し付けることはしません。
つまり、味に対しては半ば刹那的な中にも大変寛容な態度であることを自負しているのです。
だいたい、これら行列のできるほどのラーメン屋さんは、少しでも他の店に負けないような工夫を
しているはずだし、少なくとも故意に不味い物を作るわけがないと信じていました。
そう、あの13年前までは、、、
当時、オーナと私はY市のとあるメーカの開発部に籍がありました。
僕は自宅までの通勤時間が3時間というべらぼうなものだったので、夕食は会社の側で済ますこと
多かったのです。
そこで見つけたのが徒歩通勤の途中にある新装開店のラーメン屋さんでした。
普段同じ店で食事する僕としては、そろそろ違う店を開拓しなければと思っていた矢先でした。
そして入店しました。
実に新装開店の店に入るのはわくわくしますよね。
店の主人と客との対決!
技と舌との死闘! “おいしんぼ”の読み過ぎの僕はそんな意気込みで入ったのです。
さすがに新装開店だけあってクリーム色のペンキの匂いも真新しく、カウンター越しの厨房には
ピカピカのステンの鍋が湯気を立ち上げていました。
客は、僕の他に若いカップルが一組とおじさんが一人でした。
そして何よりも僕の自尊心を満足させたのが、カウンターのなかにいる2人の調理人でした。
2人とも5,60歳、その苦みばしった風貌からは、この道の頑固親父、達人、苦節40年、熟練の技、
etcを感じたのでした。
やはり僕の眼力に狂いはなかった、、
僕はラーメン屋さんに入ると、基本的な実力を「醤油ラーメン」に求めます。
ここの店でも先ほど頼んだ醤油ラーメンの出来上がるのを、いまかいまかと待っていました。
そろそろですね、出来あがるのは、、、達人は麺の茹で加減を箸ではさんで確認し、ステンの鍋から
スープを小皿にとると、少し口をつけました。
それも妥協を許さない鋭い目つきをしながらです。
そして、なんと、達人の矜持か、2,3回うなずいたではありませんか。刹那、僕の自尊心はさらに
膨れ上がり、や、やはり僕の眼力には狂いはなかった、、、そして快感を伴なう敗北感に襲われました。
今回は僕の舌の負けだと、、、
出来あがってきました。
僕は、皆さんもきっとするように、先ずラーメンのスープをすすります。
それから、麺に満遍なくスープが行き渡るように麺をかき混ぜます。
僕はスープに蓮華を浸すと一口すすりました、、、ん?ん? なんと表現したらよいのでしょう。
普通ラーメンスープというのは、ダシに鶏とか豚の骨をベースに野菜や海の物を入れるので、
それらの風味が少なからずあるはずなのですが、該当するダシの風味がないのです。
少なくとも僕の舌には感じられなかった。
それは丁度、白湯に醤油と調味料のみ、といった味付けなのです。
これは誓って本当のことです。
じたばたしてもはじまりません。別に食べても死ぬわけでなし、2度と入らなければよいのだし。
ここで詐欺だ泥棒と騒いでみてもはじまらない。
600円の社会勉強は安いものさ。 と完全無視モードのなかで考えてみました。
きっと、この店の2人は「わけあり」で、ラーメン屋は世を忍ぶ仮の姿、こんな一等地に店が構えられるのも、
ある筋からの潤沢な運転資金があり、味を落すのも故意で、
何故か店を長期に渡って経営するつもりはない。と、
これが自分を納得させる僕流「きつねさんと葡萄」の言い訳でした。
翌朝、昨夜のラーメン屋での出来事の興奮も冷めやらず、冒頭で言ったように美味い、不味いを言わない僕がオーナーに、
「いやー、本当に不味いラーメン屋を発見しましたよ」と言ってしまいました。
人生観、いやラーメン観の変わった僕は自暴自棄になっていたのでしょう。で、
普通の人であれば「ふーん、そこ何処?」と聞いて、間違って入店しないようにするのですが、、、
ここのオーナーは僕から聞いたそのラーメン屋にその晩行ったのでした。
そして翌朝「いやー森さん、不味かったね、あのラーメン屋、ははは、、、」。
目が点の僕はオーナーに、「なぜ、僕が不味い店と、教えたのに行くんです?」と彼をなじりました。
オーナーは「だって他人が不味い、の不味いレベルってどのくらいか知りたかったんだもん、ははは」でした。
くだんのラーメン屋についても推測が2つに分かれました。僕の「わけあり説」に対して、オーナは、「異味覚レンジ説」でした。
つまり調理人の味覚帯域が常人には解らない場所にあり、ある味の天才をもってして初めて感得できるのだそうです。
調理人の、あの妥協を許さない真剣な眼差しでのうなずきが何よりの証拠なのだそうです。
僕は、そんな帯域なんか感得したくないやい、と思うと同時にオーナーが純粋に技術的見地から人間世界を見ていることを悟りました。
後日談:その店が3ヶ月後には無くなっていたことは、その味の帯域が解る天才がついに現われなかったことを物語るのか、
あるいは「わけあり」の逃避行か知る由もない。